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2012.10.1発行、第408号
知人からメールがあり、彼女の友人であるインド人からの依頼で、まもなく来 日するインドの映画女優のアテンドをしてくれないか、と言ってきた。彼女が頼 まれたことなのだが、折悪しく仕事で海外に滞在中だという。
ある映画祭で上映されるインド映画のヒロイン（共演はあの「スーパースター」 である）が、ゲストとして来日するとは聞いていた。しかし私はその映画を観て いないし、映画祭に行く予定もなかった。しかもこれまでその女優のことを知ら なかった。インド映画の、しかもヒロイン！しかし興味本位で引き受けるのは失 礼な気がした。ゲストなのだから、アテンドは主催者が準備するはず。辞退の返 事をした。
その返事は先方に伝わって、再度の打診があった。ヒロインはそのインド人の 親しい友人であり、彼女のプライベートタイムに仕事と関係ない日本の友人に会っ てほしい、そんな意図で出た話だという。
友達の友達の友達...が何かをしてくれた、というのはインドではよくあること。 だから、他に適当な人が見つからなければ私が引き受けてもいい、と改めて返事 をした。ヒロインが東京に着いたら連絡をくれる（らしい）という。これもイン ドではよくある。延々と待って、やっと連絡が来た時には時遅し、あるいはとて も辿りつけない面会場所まで来いと言われたり... 期待しすぎてはいけない成り 行きだ。だから努めて期待せずに過ごしていた。
結果を言えば、予想通り「期待しないで良かった」。
ヒロインはスケジュールが忙しく、来いと指定された時間は夜遅かった。帰宅 の足が無くなってしまう。しかも依頼元である知人が前日に帰国していた。実は、 やはり女優にアテンドの必要はなく、友人の友人に会うために誠意で時間を捻出 してくれたらしい。ならば彼女が行くのが筋だろう。というわけで、ファンなら 垂涎の映画女優と私が面会することはなかった。
翌日、知人が面会の様子を知らせてくれた。
ヒロインは映画のイメージとは違って、意外や素朴で非常に知的な女性だった。 ヒロインは前のスケジュールが押して、ようやく面会できたのがさらに遅くなっ たことを詫び、ホテルの近所のチェーン店の居酒屋で、日本酒を傾けながら彼女 と話をした。ヒロインは主に南インドの映画で活躍しているが、北インドの出身 でデリーの超名門女子大を卒業している。卒業生には学者や役人、財界人が多く、 インド女性ではトップクラスの知的エリートといえる。ヒロインも一個人として は社会に対する高い意識を持ち、役者の稼ぎを元手にソーシャル・ビジネス（社 会貢献を伴う事業）を手掛けているという。偶然だが、私の知人も世界規模の非 営利の組織で働いている。しかもこの二人は年頃も近い。終電が終わった時刻に 及んだ二人の出会いは、予想外にホンネで語り合える、非常に濃いものになった らしい。
短い東京滞在中、ほとんど映画界やマスコミやファン（在日インド人を含む） に囲まれて過ごしただろうヒロインが、本来なら接点のない同年代の日本人女性 と会い、意気投合したというのはいいことだ。彼女の日本に抱くイメージが具体 的で、身近で、おそらく良いものになっただろうから。スターといえど、働く若 い女性にはおそらくインドも日本も似たような悩みや価値観があって、初対面の 相手にそれを発見するというのは、なかなかエキサイティングなことだろうから。 素敵なヒロインに会わなかったことをちょっと後悔したけれど、私がそこに加わ らなくて良かったと思う。二人の女性が日本酒を傾けながら熱っぽく語りあって いるところを想像すると、居酒屋の隣席で二人のやりとりを聞いているような、 ちょっといい気分になった。
目次
・南アジア地誌事典 第185回 「ポーシュ・ションクランティ ラークシュミー（吉祥天）の昇天」 （西岡 由利子）
・「再訪 Hasta Shilpa Heritage Village」 （黒田 豊）
