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インド通信バックナンバー
2009.8.1発行、第370号
ほんの2、3日前、ガヤトリ・デヴィが亡くなった。90歳だったそうだから、ず
いぶんとお婆さんになっていたのだ。若い人にはもはや「それ誰？」という存在
かもしれないが現代インドの歴史、あるいは伝説上の人物と言えるだろう。
まだインドが独立する以前の20世紀初頭に、現在は西ベンガル州内になってい
るクチ・ビハール藩王国に王女として生まれ、ジャイプルの藩王と結婚した。夫
とは40年前に死別したが、王侯の地位を失った独立後も抜群の知名度や旧領住民
の熱い支持を得て国会議員になったり、教育や福祉活動にたずさわったりした
（本物の王族であるガヤトリのライバルは、インディラ・ガンディーという新し
い王統の女帝だった）。旧藩王とその家族といわれる人々は現在も少なくないけ
れど、ガヤトリ・デヴィは血筋の名門度とその美貌で突出した存在だった。ネッ
トを探せば古い写真を簡単に見ることができる。モノクロ映画時代の女優のよう
な整った顔立ちに知性や高貴さを兼ね備えた、超一級の美女だったのだ。
つい最近、インドの雑誌でガヤトリ・デヴィの近影を見た。髪は真っ白だが乱
れなく整えられ、多くの皺が深く刻まれたが若い頃と変わらない面差と体形。実
際はお婆さんに違いないのだが、それでもこれはまさしく「姫君」だと思った。
若い頃は美しきセレブとして、世界のメディアに頻繁に登場していたようだが、
さすがに近年はそんなことはなくなった。だから最近インドに関心を持つように
なった人たちには知られていない存在だったろう。
しかし、そんな人たちも実は別の形で彼女を知っている。
ガヤトリ・デヴィの華麗で波乱の人生は自伝（日本語訳あり）を始め、いくつ
かの評伝になっている。インドのマハラジャ（藩王）は生きたおとぎ話として、
インド内外で今も注目される。マハラジャの財宝をめぐるサスペンス、マハラジャ
の王女と英国士官の恋物語、密命を受けてマハラジャの宮廷に潜航するアメリカ
のスパイ、小説や映画や漫画に登場するエキゾティックな少し前のインド。実は
そうしたストーリーや映像はあながち空想の産物というわけではない。ほとんど、
というと言いすぎかもしれないが、間違いなく作者の脳裏のどこかにガヤトリ・
デヴィへの認識があったからこそ発想された作品は決して少なくない。そのくら
い、ガヤトリ・デヴィの美しさ、華麗さ、奔放さの魅力がインドのマハラジャの
世界を、多くの人たちに印象付けたといって差し支えないだろう。
ガヤトリ・デヴィの名を初めて聞いたという人は、この機会にどこかの画像サ
イトでチェックしていただきたい。ついこの前までこんな姫君が実在していたの
だ。
目次
・南アジア地誌事典 第148回 「私の第二の故郷 黄金の国スリランカ」 （白鳥 理実）
・「ジャガンナート三兄妹が団地を巡幸し、大谷大学の学生が踊る」 （ショバ・ラニ・ダシュ、杉本浄）
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