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2007.4.1発行、第342号
「ワールドカップ観に行くために肝臓を売った人がいるんだってね！」
3月13日に開幕したクリケットの「2007年ワールドカップ西インド諸島大会」 だが、日本の主要メディア、スポーツ欄には情報がない。先のような発言を聞い た時はびっくりしたが、この話は携帯ニュースなどに配信されたらしく、日本で よく知られた唯一の関連ニュースらしい。大方の人は「Ｗ杯のために臓器を売っ たインド人」という、とてもインド的な話だから気に留めたのだろう。
2003年のＷ杯南アフリカ大会（正式にはケニア、ジンバブエも共同開催）も、 当然日本では察知できなかった。インドでは、時差で午後から夜中にかけて試合 が放送されていた。繁華街の街頭観戦は大盛況。オフィスでは会議室に特設スク リーンを設置して交代で観戦する。画面を見なくても、街中でどこかから歓声や 怒号が聞え、試合の経過は予想がついた。
ちょうどイラク戦争が始まった時だったが、メディアは翌日に控えたインド対 オーストラリアの決勝戦の記事一色、開戦のニュースは片隅だった。インドから 飛行機が安全に飛ぶだろうかと心配顔の外国人に、インド人は「戦争、どこで？ 俺たちがオージーと戦争するんだぜ」、と浮かれていた。
今回の「西インド諸島」というのは、ジャマイカ、トリニダードや旧英領のリ ゾートの総称で、予選ブロックごとに小さな島々で開催されている。インドの英 雄サチン・テンドゥルカルにとっては、年齢的に最後のＷ杯になるかもしれない。 本気でカリブ行きを検討したこともあったが、大イベントの運営に慣れない土地 柄で、小さな島では宿泊施設も限られ、チケット販売やホテル予約でトラブルが 続発している、パックツアーで大挙して行くインド人ならまだしも、日本人が独 力で行くのはリスクが大きい、と言われた。
実際、リゾート滞在が主目的のセレブ客以外、観戦客は主にインド、南アジア から来ているらしい。大会の公式サイトも南アジアのファン向けに手あつい内容。 インドの関連サイトはさらに充実している。開催地は地球の反対側だがインドで の放送時間に配慮した試合時間設定なのか、ゴールデンアワーから夜中にかけて テレビ観戦できる。クリケット本家イングランドは長らく世界ではでは振るわな い。最強を誇るオーストラリアにしてもスポーツは何でも強いから、クリケット は目立たない。ワールドと言いながら、一番注目するのも、お金を使うのもイン ド、パキスタンなど南アジア。さらに参加16カ国中、11カ国にインド、パキスタ ン系の選手がいる。プレーする側も南アジアがドミナントになりつつある（強豪 の豪州、南ア、ジンバブエにはいない）。
3月17日、インドはバングラデシュとの予選第１戦、パキスタンは第1戦を落と した後のアイルランド戦に臨んだ。ところが、いずれも格下の相手にまさかの惨 敗。特に主力選手の信じられないパフォーマンスに両国は震撼した。パキスタン はほぼ予選落ち確定。インドは強豪スリランカ戦を残しており、やはり予選通過 に黄信号。もしインドが決勝トーナメントに出ないとなれば、Ｗ杯経済の皮算用 が大きく狂うのは必至だ。現地に出かける予定のインドファンは？空いた放送枠 は何で埋める？インドのスポンサーが撤退したら？
怒ったファンが暴動やテロを起こさないか、というのも笑い話ではない。パキ スタンの英国人監督が、敗戦直後にホテルの自室で急死しているのが発見された。 開催地ジャマイカの警察は不審死であると断定して捜査を開始した。インドやパ キスタンのまさかのＷ杯退場は、勝敗を賭けにして稼ぐなどしている裏社会にも 大打撃を与える。マフィアの制裁説も信憑性が感じられる。
ふがいない敗戦を罵倒する書き込みで溢れた観戦サイトに、冷ややかな声があっ た。「世界規模のスポーツと言うけれどプレーヤーとファンの大多数をインドが 埋めているから。結局インドの中だけで強いつもりでいるのがクリケットなんじゃ ないか？だってインド人は、ほかのどんなスポーツもダメじゃないか」
19日の予選第2戦、インドは超格下のバミューダに対し、Ｗ杯史上最多ラン （得点に相当）で勝利し、決勝への望みをつないだが、弱いものイジメで自信を 回復したような、後味の悪さも残った。
（上の文章は4月号誌面のために3月20日に執筆されたものです。
その後、3月23日のインド対スリランカはスリランカの勝利、しかもテンドゥル カル、ガングリーらインドの主力選手の最後のバッティングは信じられないほど 惨憺たる成績でした。
インド各地で群集が怒声を発し選手の写真を焼き踏みつけるような、ちょっとし た暴動騒ぎが繰りひろげられています。前日までテレビに溢れていた、選手が登 場したり、インドチームに熱狂する人々をモチーフにしたりした膨大なＷ杯関連 のＣＭがパタリと放送されなくなりました。その他、上の文章で予想したような 各種の混乱、困惑がインドとパキスタンを覆っています。
パキスタンの監督の死は正式に殺人と認定され、身内選手の犯行の可能性まで浮 上してきています。国民のヒーローから墜ちたインド選手にも身の危険がある、 と最高度の身辺警備体制が敷かれる中、チーム・インディアは混乱を予想して帰 国もきない状態に。このような南アジアの異常なクリケット熱に、世界のクリケ ット競技界も困惑しており、インドやパキスタンの国内からも「スポーツがまっ とうなスポーツ足りえない、このような我々の社会のあり方」を問う声が上がっ てきています）
目次
・「躍進と伝統と：岡山市とインド・プーネ市との交流」（高橋 義雄）
・ガラム・ニュース「クリケットW杯はワールドか？」（上記エッセー参照）
